きもので「季節」を表現する
――もうすぐ「立春」ですね。この時季、どんなきものを選べばよいか悩みます。
立春は、冬が明けて春が始まる日のこと。旧暦では新年にあたり、現代の暦では今年は2月4日です。まだまだ寒い日が続きますが、春の気配が感じられる時季なので、立春を過ぎたら淡い軽やかな色のきものを選んで、季節を先取りしてみるとよいでしょう。
春らしい色といえば「ピンク」を思い浮かべる人も多いのではないかしら。ですが、実はピンクよりも先に装いたい色が「黄色」。その理由は、晩冬から春のはじめに黄色い可憐な花を咲かせる水仙が、一年でもっとも早く咲く花だからです。
水仙の柄の帯をお持ちならベストですが、黄色いきものをお召しになってもいいでしょう。ベージュやグレーなどのシックなきものに、帯揚げや帯締めなどの小物で黄色をきかせてもよいですね。こうしたおしゃれは、きものを着る本人がわかっていればよいこと。「私、黄色を着ているのよ!」なんて、誰かにアピールする必要はありません。おしゃれをして心がうきうきすること、それこそがきものの楽しさではないかしら。
――きものは季節を先取りしてよいものなのですね。季節を知るために、なにか参考になるものはありますか。
「二十四節気(にじゅうしせっき)」を知っておくと、とても便利よ。二十四節気とは、一年を24分割して季節を表した暦。農耕民族である日本人が農作業の目安に使っていたものです。日本の気候に合っていて、暮らしに沿った表現がきもの選びや着こなしの参考になります。
通常、着物は10月から5月まで「袷(あわせ)」を着て、6月と9月は「単衣(ひとえ)」、7、8月は「薄物(うすもの)」を着るのがルールとされています。フォーマルなシーンではこのルールを守るべきですが、カジュアルな装いの場合は、どうでしょう。
――たしかに迷ってしまいます。5月の暑い日には洋服も半袖、薄着が当たり前です。
温暖化が進んだ現代の気候では、5月末まで袷では暑すぎますね。ですが、二十四節気では5月5~6日ごろが「立夏」。夏が始まる日ですので、私は立夏を過ぎると単衣に袖を通します。季節の変わり目など、何を着てよいかわからなくて困ったら、二十四節気を参考にするといいです。
とはいえ南北に長い日本ですから、もちろん、北海道と東京と沖縄とでは気候が異なります。二十四節気をヒントにしつつ、その土地の気温や気候に合ったきものを選びましょう。
「文様」で楽しむきものの世界
――季節を先取りするとよいというお話がありましたが、「桜」も先取りできますか。
もちろん、先取りできます。つぼみの時季はもちろん、桜が満開のときに桜の柄のきものをお召しになっても素敵ですね。ただし、他人よりも突出して「目立つ」のではなく、桜になったつもりで、風景に「溶け込む」ような装いができればベストです。
一方で、桜は日本を代表する花なので、一年中着てもいいという考え方もあります。図案化された桜や、松竹梅などと一緒に描かれているものは季節を問いません。百合やバラといった洋花も、季節を気にせず着られます。
――植物や動物などの具象の「模様」以外にも、きものにはさまざまな伝統的な「文様」がありますね。
蘭、竹、菊、梅を組み合わせた「四君子(しくんし)」や「松竹梅」などは吉祥文様といい、格調高い文様として礼装などに多く見られます。
もっともなじみがあるのは「幾何学文様」ではないでしょうか。直線や曲線、四角形や円など、ひとつの文様を規則的に繰り返した抽象的な文様で、きもの、帯、長じゅばん、和装小物など、さまざまなものに用いられています。これらの文様の中には縁起のよいものも多くあります。
例えば、同心円を互い違いに重ねて波を表した「青海波(せいがいは)」は、波を文様化したもの。おめでたい文様のひとつで、現代では着物の帯や白生地の地紋など広く使われています。
卒業式の袴姿などで見かける「矢羽根(やばね)」は、若い人が未来に向かって羽ばたいてほしいという願いが込められています。
三角形を交互に並べた「鱗(うろこ)」は、女性の厄除けとしておもに長じゅばんや帯揚げなどで身につける風習があります。
「麻の葉」は、麻が丈夫でまっすぐに育つことから、昔から赤ちゃんの産着に用いられます。子どもだけでなく、大人の装いにもたいへん人気があります。
丸昌 横浜店の七五三用の長じゅばん。男児は「麻の葉」、女児は「紗綾形(さやがた)」の地紋を採用している。
文様はまだまだたくさんあります。こうした文様の名称や意味を知ることで、きものをより深く楽しむことができると思います。
「粋」と「四十八茶百鼠」
――ハレの日には華やかなきものを着ますが、カジュアルなシーンでは「粋」に着こなしたいという人も多いですね。
「粋」とは、簡単にいえば江戸時代の庶民の美意識のこと。余計なものをそぎ落とした「マイナスの美学」ともいわれますね。こうした文化がうまれた背景には、江戸時代の奢侈禁止令(しゃしきんしれい)が影響しているといえるでしょう。
江戸時代以前までは、美しい色のきものや帯を身につけることができるのはごく一部の人々だけで、庶民には許されていませんでした。しかし、江戸時代に入ると町民に経済力がついてきて、美しい色や華やかな文様のきものを楽しむようになります。ところが、町民たちが力をつけてくると、当時の身分制度が維持できないため、たびたび奢侈禁止令が出されたのです。
――贅沢をしてはいけないという法律ですね。
そうね。身分によって、きものの生地や柄ゆき、色が制限されました。江戸時代の末期、庶民に許された色は「藍色、茶色、鼠色」の三色だけ。お上に背くと、島流しにされるともいわれていたようです。それでも、庶民の「おしゃれをしたい」という気持ちに変わりはありません。許された色を微妙な変化で楽しみ、少し派手な色であっても「茶」や「鼠」と名付けて、見逃してもらっていました。これが「四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)」です。ちなみに、茶色が48色、鼠色が100色ぴったり揃っていたわけではなく、「多色」を語呂よく表現したものです。
ここに和の色見本がありますが、鼠色だけでこんなにたくさんの種類があるんですよ。明るくて少し紫がかった「桜鼠(さくらねずみ)」、黄緑がかった「柳鼠(やなぎねずみ)」、赤みの強い「葡萄鼠(ぶどうねずみ)」に青みのある明るい灰色の「銀鼠(ぎんねず)」、シンプルな「素鼠(すねずみ)」。まだまだあります。
日本は湿気の多い気候で、微妙な色の違いを染め上げやすいともいわれています。華やかではありませんが、上品で洗練された色。まさに「粋」ではないでしょうか。
――素敵ですね! でも、「粋」にきものを着こなすのは難しそう……。
「粋」の反対語は「野暮」。「野暮は揉まれて粋となる」なんて言葉もあるくらいで、よっぽどのセンスがない限り、誰だってはじめから粋に着こなせるものではありません。
――大久保さんも、そうだったんでしょうか。
もちろんよ。私が30歳のころだったかしら。ある日、博多帯を締めて歩いていたのを、近所にお住いのご婦人が見ていらしたのね。日本橋柳橋育ちのたいへん粋な方で、「奥さん、博多帯は縦柄だから、締めるときはお太鼓を小さめにつくるんですよ」って。下町の言葉でいきなりおっしゃったので、びっくりしちゃったけれど、とても勉強になりました(笑)。そのご婦人、私のために新宿の伊勢丹までわざわざ出かけて、帯枕を買ってきてくださったの。よっぽど私の帯枕が気に入らなかったんじゃないかしら(笑)。ぺしゃんこの帯枕をくださったの。このほうが博多帯に合うってことよね。粋というものを知る、よい経験でした。